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福島地方裁判所 昭和31年(モ)83号 判決

申請人 佐藤かつよ

被申請人 佐藤亀治

主文

一、福島地方裁判所が申請人被申請人間の昭和三十一年(ヨ)第一三号仮処分申請事件につき同年四月四日にした仮処分決定を取り消す。

二、本件仮処分申請を却下する。

三、訴訟費用は申請人の負担とする。

四、この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

申請人は「福島地方裁判所が申請人被申請人間の昭和三十一年(ヨ)第一三号仮処分申請事件につき同年四月四日にした仮処分決定を認可する。」との判決を求め、その理由として、

別紙目録〈省略〉記載の土地は申請人の亡夫佐藤忠兵衛の所有であつたところ、昭和三十年三月七日忠兵衛が死亡して相続開始し、申請人(妻)、被申請人(忠兵衛および申請人の養子)および申請外佐藤マサヱ(同様養子。被申請人の妻)の三名が相続して、その共有となつたが、同年三月十日附遺産分割の協議により、申請人の単独所有に帰し、同年五月二十八日単独相続の登記を経た。

仮に右分割の協議の効力がないとしても、その後同年五月三十日附で被申請人およびマサヱは福島家庭裁判所に対し相続放棄の申述をし、同年六月三日受理された。従つて右両名はこれにより前記分割の協議を追認したものである。仮にそうでないとしても結局右相続放棄により申請人の所有となつたものである。

忠兵衛はその死亡の時まで本件土地を耕作し、申請人とマサヱ夫婦は忠兵衛、申請人と同居して来たのであるが、忠兵衛死亡後被申請人夫婦は申請人を虐待するので、申請人は昭和三十年十二月被申請人と別居し、肩書地に転住するのやむなきに至つた。

しかるに被申請人は何の権原もなく申請人所有の本件土地に立ち入り耕作をするので、その禁止を求める訴訟を提起しようとしているが、急迫の事情にあるので、本件土地を執行吏の占有に移し、これを申請人に耕作せしめ、被申請人はこれに立入り耕作してはならない旨の仮処分を求めるため本申請に及んだ。

と述べ、被申請人の主張に対し、

被申請人主張の訴訟が繋属すること、申請人が被申請人主張のように本件土地につき他に売買の予約をし、仮登記ずみであること、は認める。その他の事実は否認する。

と述べた。〈疎明省略〉

被申請人は主文第一ないし第三項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、

一、申請人主張事実中、申請人、被申請人、マサヱおよび忠兵衛の身分関係が申請人主張のようであること、別紙目録記載の土地が忠兵衛の所有であつたこと、同人が申請人主張の日に死亡して相続開始し、申請人、被申請人およびマサヱが共同相続したこと、申請人主張のような遺産分割協議があり昭和三十年五月二十八日申請人の相続登記を経たこと、申請人が昭和三十年十二月被申請人と別居し肩書地に転住したこと、はいずれも認めるが、その他の事実はすべて否認する。

二、申請人は本件仮処分申請にさいし、相続放棄による単独所有権(後記)を本案の権利と主張して本件仮処分決定を得たものであり、その異議事件において新たに遺産分割による所有権を主張することはできない。

三、仮にそうではないとしても、右遺産分割の協議は、申請人が被申請人に対し「申請人の実子たる勲、ナオは他籍にあるから申請人に対する相続権はないのだ。」とか、「忠兵衛は申請人の実家に多大の借財があり、被申請人が相続放棄をしないと実家のため遺産をとられてしまう。」とか虚偽の事実を申向け、また強迫した結果、ついに被申請人において右協議に応ずるに至つたもので、被申請人は昭和三十一年五月十七日右分割の意思表示を取り消した。そこでその効力はなくなり、本件土地は再び被申請人をふくむ相続人等の共有になつたので、被申請人およびマサヱは申請人を被告として御庁に遺産分割無効確認等訴訟事件を提起した(昭和三十一年(ワ)第七号)。従つて右遺産分割の有効なことを前提として本件仮処分を求めるのは失当である。

四、弁護士土屋芳雄が昭和三十年五月三十日附で被申請人およびマサヱの代理人として福島家庭裁判所に相続放棄の申述をなし、同年六月三日受理されたことはあるが、これは、忠兵衛と引地由一間の損害賠償請求事件(御庁昭和二十七年(ワ)第一一一号)の訴訟受継に関し必要と思われたので、被申請人およびマサヱが委任状用紙(内容未記載で名があつたもの)に押印して同弁護士に送付したところ、同弁護士はこれを転用して放棄申述書を作成提出したものであつて、被申請人およびマサヱは同弁護士に相続放棄の申述を委任したことはないのである。従つて右申述は無効であるから、被申請人は右相続放棄無効確認の訴訟を提起した(前記昭和三十一年(ワ)第七号)。それゆえ右相続放棄申述により申請人の所有に帰したことを前提として本件仮処分を求めるのは失当である。

五、忠兵衛は死亡当時八十才で長く病床にあり、申請人も老令、病弱であつていずれも農耕に従事することができなかつたので、本件土地は十年来もつぱら被申請人およびマサヱ夫婦が耕作に従事して来たもので、忠兵衛および申請人は被申請人の扶養を受けている関係にあつた。従つて耕作権は被申請人にあるから、申請人は被申請人に対し本件土地の引渡の請求はできない。それゆえ本件仮処分を求めるのは失当である。

六、申請人は、本件土地中田については昭和三十年十月十日佐藤光雄に、畑については同年十二月十日佐藤悌三および氏家茂に売買の予約をなし、これによる所有権移転請求権保全の仮登記を経た。従つて申請人の所有権があるとしても、これを保全する必要はないから、本件仮処分を求めるのは失当である。

七、本件仮処分はいわゆる明渡断行の仮処分であるが、これにより被申請人は十年来の家業たる農業が不能となり、生計の途が絶たれるのであるから、かかる仮処分はその範囲を逸脱するものであり、失当である。

八、仮に本件仮処分が正当であるとすれば、被申請人が右仮処分により受ける損害は致命傷ともいうべき多大なものであり、しかも申請人は前記のように本件土地を他に売買予約しているのであるから、申請人の権利は金銭的補償を以て終局的にその目的を達成されうるのである。しかも現在植付直前で、特に本年は異常高温のため、苗代の植付、麦の手入は一刻も早くしなければならない。従つて特別の事情があるのであるから、保証を立てしめた上本件仮処分決定の取消を求める。

と述べた。〈疎明省略〉

理由

一、佐藤忠兵衛が申請人の夫であり、被申請人と佐藤マサヱがいずれも忠兵衛と申請人の養子であり、被申請人とマサヱが夫婦であることは当事者間に争ない。

二、別紙目録記載の土地が忠兵衛の所有であつたこと、忠兵衛が昭和三十年三月七日死亡して相続開始し、申請人、被申請人およびマサヱが共同相続したこと、同年三月十日附遺産分割協議があり、これにより同年五月二十八日申請人の単独相続登記を経たこと、は当事者間に争がない。

三、被申請人は、申請人は本件仮処分申請にさいしては相続放棄による所有権を主張して仮処分決定を得、本件異議事件において新たに遺産分割による所有権を主張することはできないと立論するが、申請人はいずれにしても本件土地の所有権と主張するもので、遺産分割または相続放棄はその取得の経過、すなわちいわゆる攻撃方法にすぎないから、被申請人の右主張は採りえない。

四、右遺産分割が申請人の詐欺、強迫によるものであり、被申請人がその意思表示を取り消したとの被申請人の主張事実は疎明されない。すなわち、成立に争ない乙第三、四号証と被申請人本人尋問の結果を総合すると、分割協議書作成の際、申請人が依頼したと思われる代書人佐藤忠が被申請人に対し、被申請人主張のようなこと(そのうち「他籍にある実子に相続権がない」ということは虚偽であること明かである。)を申し述べたことは疎明されるけれども、右のようなことが申請人の意を受けてなされたものであることは疎明されず、結局第三者たる佐藤忠の行為ということになるが、かかる第三者の詐欺につき申請人がその事情を知つていたことは疎明がない。又被申請人本人尋問の結果と乙第四号証によれば、被申請人が分割の意思表示を取り消したのは、協議当事者でない右佐藤忠に対してであることが疎明されたので、いずれにしても右取消の効力はない。従つて申請人は右分割協議により本件土地につき単独の所有権を取得したものであることが疎明されたわけではない。

五、証人氏家俊吉、同岡田実造の各証言と被申請人本人尋問の結果を総合すると、忠兵衛、申請人夫婦は昭和二十一年に被申請人を養子に迎えて以来、老令、病弱のため、耕作一切を被申請人、マサヱ夫婦に任せ、耕作名義、農業協同組合関係の名義等も被申請人であつたことが疎明される。農家の内部において、農地の所有者たる家族が実際の経営者たる家族に農地を提供する関係は本来事実的、道義的なものと考えられるが、経営者に所有者から独立した「耕作権」があると見られる場合でも、それは賃貸借というような厚い保護を受ける権利ではないことがほとんどすべてであり、法律上強いて構成しても、使用貸借、あるいは経営の委任等いつでも解約(除)しうる性質の契約の範囲を出ない。従つて家族間に一度紛議が生じた場合、家族法上の扶養等の関係は別として、最終的には、民法の原則上、所有者が経営者(耕作者)に農地の引渡を求めうるという外はない。従つて本件の場合も、前記疎明されたところによれば、申請人は被申請人に対し本件土地の明渡を求めうるわけである。

六、次に申請人は、本件仮処分の本案訴訟として、申請人が現に耕作することを前提とする、妨害排除あるいは予防の請求を主張するようであるが、前記の通り、現に耕作占有するのは被申請人であるから、右請求はその理由がないのであるが、むしろその実質は、被申請人に対し本件土地の明渡を求める請求を主張するものといわねばならぬ。従つて、本件土地の耕作を申請人に認め、かえつて被申請人の立入、耕作を禁止する仮処分は、いわゆる明渡断行の仮処分ということができる。

七、そこで右仮処分の必要性の有無を見ると、申請人は被申請人の養母であつて、被申請人に対する扶養請求権もあり、現在肩書地に寄宿して一応生活していることがうかがわれる上、申請人は本件土地につきすでに被申請人主張のように他人に売買の予約をしてその仮登記もすんでいることは当事者間に争がないのであり、本案訴訟以前に明渡を断行しなければならない急迫な事情は疎明されない。また被申請人がその占有を他に移転するおそれがあるということについては主張、疎明がないから、執行吏の占有に移す必要もない。従つて本件仮処分はすべてその必要がないと認むべきである。

八、それゆえ、当裁判所が昭和三十一年四月四日にした本件仮処分決定は、その理由がないから、これを取り消し、本件仮処分の申請を却下すべきものとし、訴訟費用は敗訴の申請人の負担とし、またこの判決中仮処分取消の部分には仮執行の宣言を付するのを相当と認めて、主文の通り判決する。

(裁判官 小堀勇)

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